自社メディアを持つことは、直営店を持つことに近い。

― ―日本全国の工芸と産地の魅力を紹介するメディア「さんち 〜工芸と探訪〜」を運営されています。その狙いについて教えてください。

中川政七氏:「今うちに足りないものは何だろう」と考えたら「自分たちでの情報発信が弱い」ということ。メディアを持っていないので、プレスリリースを書いたりイベントをやったりすることでしか情報発信できない。結構いいことをやっていたり、いい商品をつくったりしていても、「全然届かないな」という感覚がずっとありました。最終解決は、自社メディアしかないだろうということでつくったのが「さんち 〜工芸と探訪〜」なんです。

「産地」、つくり手・使い手・伝え手の「三智」、ものが生まれるところに買う・食べる・泊まるところが寄り添う「三地」、「○○さんち」といろいろな意味合いをあわせてネーミングしていますが、ビジネス的に言うと自社メディアを持つしかないと。直営店を持つというのと感覚は近いです。足りないところは、新しく手に入れるしかないし、コツコツやっていくしかないので、それをやっています。

― ―工芸というフィールドで、すべてを自社でやられていますね。

中川政七氏:必要だし、誰も助けてくれないですからね。最初に会社に入った時、うちの売上の8割5分が卸、直営店は1割5分。売上の20%ぐらいを占めるような卸先もあったので、その人たちがもし倒産したら連鎖倒産をくらうわけです。その時に思ったのは、「潰れるなら潰れるで、自分の責任で潰れたい」と。だから、全部自分の責任でやっていく。他に頼るということを、あまりしないです。

― ―「さんち 〜工芸と探訪〜」の取材対象、産地や工芸、職人などの題材は、中川さんが選んでいらっしゃるのですか?

中川政七氏:いいえ。編集チームがいますので、チームのみんなでやっています。

日本全国の工芸と産地の魅力を紹介するサイト「さんち 〜工芸と探訪〜」。

― ―産地には独自の工芸品や技術といった強みがあると思うのですが、職人の方たちは強みとして認識できているのでしょうか。それとも、外部から見立てて、あらためて気づくことの方が多いのでしょうか。

中川政七氏:自分が強いと思っているところ「うちしかできないから」は、たいていそうじゃないことの方が多いです。悪気はなくて、近所では「この技術は俺だけだ」というのは事実なんですが、他の産地に行けば普通にできたりするので。それで他にいいところはないのかと言ったら、いいところはあるんですが本人たちはわかっていません。ですので、僕らが行って見つけて、そこをうまく活かしながらものづくりにつなげていく、ということをやっています。

メディアも「日本の職人はすばらしい。日本にしかない技術」と言いますけど、今ほぼないです。大抵同じことは中国でやれます。部分的には中国の方がうまかったりするので、その前提に立つことが間違っているんです。前提を間違うと、ものづくりも間違うので。

「品 (ひん)」は、日本の強み。
品が良いというのは、戦えるポイントだと中川氏は言う。

― ―日本独特の価値観を美化してしまうところもありますが、日本独特の価値観についてどうお考えですか?

中川政七氏:最初、丁寧さとか細やかさとか思ったんですが、「品」じゃないかと思っています。そこにすべてが集約されている気がします。もちろん育った土壌や文化が違えば、何を持って品が良いとするのかありますし、「品が良い」という言葉が中国にあるのか知りませんが、日本語で言う「品」は強みなんじゃないかと思います。

茶碗をガンと置いたりするのが、僕はすごく嫌なんです。丁寧に置いてほしいし、丁寧さの根っこは品なんじゃないかと。品が良いというのは、戦えるポイントなのではないかと。文化の違いと言ったらそれまでなんですが、中国の人にしかわからない品というものもあるのかもしれないし、そういうものなのかなと。

僕らが海外にあまり積極的ではないのもそこに起因していて、工芸は土地に根ざしたもので、気候風土にあって育まれてきたものなので、日本の工芸品を中国でばんばん売る必要性がわからないんです。中国には中国の工芸品があって、それが生活の中で活用されていくべきなんじゃないかと思うので、外に持って行く必要性をあまり感じません。もちろん人口は減るし、海外進出した方が売上になるのかもしれないけれど、根本的なところで必要性を感じない。

海外も同じように工芸は衰退しているので、そこの歯止めやお手伝いはいずれあると思うのでそれはやれればいいと思います。どこまで通用するかわからないですけど。文化が違う中でもがんばって理解して、そこの再興をお手伝いできたらいいし、その拠点として中川政七商店が機能するのであれば海外進出も意味があるんだろうなと思います。

中川政七氏

中川政七 (なかがわ まさしち)

株式会社中川政七商店
代表取締役会長

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